世の中のいろいろなことに対して、少しばかり主張してみます。


by Hi-Zettaisha
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尖閣諸島の琉球名

沖縄県・西表島の北に位置する、尖閣諸島。
ご存じのように、日本の領土であるにもかかわらず、石油や天然ガス等の資源が埋蔵されている可能性が出てきた途端、中国(中華人民共和国:大陸の中国共産党政権)と台湾(中華民国:大陸から落ち延びた中国国民党政権)が「自分のものだ」と言い出した島々です。
中国は更に、自国の国内法である「領海法」で、ベトナムやフィリピン等と領有権を争う西沙諸島・南沙諸島と共に、尖閣諸島(中国名「魚釣島」)を自国領と宣言しています。
その西沙諸島・南沙諸島で、中国がどのような軍事行動を取ったかを考えれば、尖閣諸島は日本国内で最も外国の脅威に晒されている場所と言っても過言ではありません。

※尖閣諸島を知らない方には、このホームページが解りやすくて良いと思います。
◆田中邦貴氏の『尖閣諸島問題
◆『尖閣諸島の領有権問題



さて、この尖閣諸島。
私が中学・高校時代に使っていた、帝国書院の地図帳では「黄尾嶼(久場島)、赤尾嶼(大正島)」と、なぜか中国側名称が日本名より優先されていました。
本屋で確認したところ、現在でも同じ書き方のようです。
いったい、どこの国の地図帳ですか? >帝国書院

尖閣諸島が、公式に日本領と宣言されたのは明治時代に入ってからですが、それ以前から沖縄県域(かつての「琉球」)の人たちが漁業の場として、航海の目印としてこの島々を利用していました。
その歴史的経緯から言っても、尖閣諸島は「琉球」の一部で、全ての島に琉球名が付いています。
私は高校時代、地元の図書館で大東亜戦争前の地理台帳(名前を忘れてしまいましたが)を読んだ際に、初めてこの琉球名を知りました。
確か、現在の「魚釣島」が「ユクン島」、「久場島」が「クバ島」だったはずです。
インターネットでこれを検索すると、該当したのは一件のみ。
先に紹介したホームページ『尖閣諸島の領有権問題』の「参考資料」にある牧野清氏の論文「尖閣諸島 日本領有の正当性」しかありませんでした。
この資料、Web上に手打ちで転載したためか、誤字・脱字が多いのが残念です。

上記資料も参照した上で、尖閣諸島を構成する島々・岩々の現在の正式名称と琉球名、それと中国が主張する名前を並べてみました。
【現名称】→【琉球名】→【中国名】
魚釣島 → ユクン島(ヨコンジマ/ユクンジマ/イーグンジマ) → 魚釣台
北小島 → 鳥島・シマグワー → (航路に無いため、名無し)
南小島 → (同上) → (航路に無いため、名無し)
久場島 → 久場島・クバ島(クバシマ/クバーシマ) → 黄尾嶼
大正島 → 久米赤島(クミアカシマ) → 赤尾嶼
沖の北岩 → (不詳) → 黄麻嶼
沖の南岩 → (不詳) → (航路に無いため、名無し)
飛瀬岩 → (不詳) → (航路に無いため、名無し)

上記の資料に“八重山では『イーグンクバーシマ』で列島全体を呼んでいた”とありますから、ユクン島とクバ島が尖閣諸島を代表する島だったのでしょう。
機会があれば、もう一度図書館で調べてみたいところです。

ちなみに久場島と大正島は、沖縄県域がアメリカの統治下にある頃、アメリカ軍の演習地として使用されていました。
両島は沖縄県が日本国に復帰した後も、しばらくアメリカ軍の射爆撃場として使用されましたが、在日米軍は日本政府から両島の使用許可を得ています。
つまりアメリカ政府も、尖閣諸島が日本に帰属することを当然視していたのです。
日本の敗戦後、台湾は中国(中華民国:中国国民党政権)に引き渡されましたが、尖閣諸島は沖縄県域の一部として米軍の軍政下に置かれてました。
中国政府(国民党政権と、その後大陸を制覇した共産党政権)は昭和46年まで、それに文句を言っていません。
それでも自らの領有権を主張する中国共産党政権(と中国国民党)は、厚顔無恥としか言い様がありません。

竹島(最初は「松島」。幕末から明治にかけて外国の地図が原因で名前が混乱し、今は竹島)と同じように、尖閣諸島の島々の名前にも若干の混乱があります。
この際、本来の領有権をはっきりさせるためにも、名前を琉球名で統一してはどうでしょうか?
「大正島」は「久米赤島」にしましょう。
「魚釣島」は「ユクン島」ですね。
「ユクン」は「ヨコン」、「与固武」と当てれば良いのでしょうか?
こういう事は、地元の人に考えていただけるのが最善ですが。

しかし、地元の人はいったい、尖閣諸島のことをどう思っているのでしょう?
次のエントリーで、少々疑問に思うことを書きます。
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by Hi-Zettaisha | 2006-04-11 22:35 | 政治・軍事・外交