世の中のいろいろなことに対して、少しばかり主張してみます。


by Hi-Zettaisha
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『英語やれ 不安になるの 当たり前』

再び、教育関係のエントリーです。
五・七・五調にしてみたのは、エキサイトのこのニュース↓。
◆毎日新聞 4月15日10時44分
<中教審方針>英語必修化に教師が尻込み 混乱や動揺も?
 東京都内の“英語教育先進地”北区。04年度から区立小全38校の全員が、週1時間英語を学ぶ。カードゲームやインタビューなど年間40時間。泣きどころは「先生たちに英語アレルギーがある」(区教委指導主事)ことだ。
 「私は『さんきゅうべりまっち』の世界。こんな発音で教えちゃまずいわよね」。昨年度、総合学習で英語を教えた都内の区立小女性教諭(41)は、50代の同僚から不安を打ち明けられた。
 小学教員免許の取得に英語は必要ない。女性教諭が学んだ英語は大学1年が最後。「会話ゲームが中心で英語力は必要ない」と本人は総合学習を苦にしないが「プロ意識の高い先生ほど『発音が間違ってないか』という不安が相当ある」と同僚の気持ちを代弁する。
教える態勢になっていないのに、教えなければならなくなる。
現場の先生方の不安は解ります。
しかし、子供を学校に預ける親(少なくとも私)から見た時の不安は、別のところにあります。



発音が正しいかどうかなんて、些細なことです。
私は以前のエントリーでも書いたように、英語を教わることで日本語での思考能力に悪影響が及ぶことを懸念しています。
英語でのコミュニケーションをする前に、そのコミュニケーションの中身をしっかり身に付けさせることが必要だと考えていますから。
現場の先生方には、そのような懸念は伝わっていないのでしょうか?
会話ゲームはいいのですが、その英会話の中身はレベルが低くはありませんか?

それこそ齋藤孝氏の『声に出して読みたい日本語』シリーズではありませんが、先ずは古今の日本語の文を数多く読み込んで(子供が、自分の周りの人の会話を聴きながら言葉を覚えるのと同じ過程)、語彙を増やして表現力の素地を作る
それを反復して自分のものとし、表現力を磨く。
その過程で、童謡や短歌・俳句、昔話や文学も読み込む。
日本語で上手な例え話ができるようになれば、それを英語で表現することも可能になるでしょう。
日本語で例えができなければ、英語での例え話はできません。

この話題をテクノラティで追っていて、ある中学校の先生のブログ↓を見つけました。
◆『Johnny the Teacher!
特に現場の目で見た4月12日のエントリー
しかし各中学校の日本人英語教師からはAETに対して
かなり不満の声が上がった。
【中略(でも、とても大事)】
要は教師として相応しくない人物が
派遣会社から中学校の現場に送られてきたからである。
と、4月15日のエントリー
10年前小学校に生活科が導入されて
小学校にしっかり定着したとか
効果が表れているとか言われているが、
中学校の教師の間では
生活科はばかを作ると揶揄されている。
がとても参考になります。是非全文読んでみて下さい。
先生ばかりでなく“ネイティブ講師”の方にも、問題がありありのようです。
これは知りませんでした。
以前何かの記事に「綺麗な英語を話す日系人」より、「訛った英語を話す西洋人」の方が、英語教室の講師として採用されることが多い」とあったことを思い出しました。

他のブログでは、「スペイン語もやったら?」という方↓もいらっしゃいました。
◆『デイドリームな日々』小学校の英語必修化
ついでにスペイン語も教えたら?
これから伸びる国にはスペイン語圏も多いし、先を見たら絶対損はない。
以前、オランダの女の子と話したとき、オランダでは小さいときからオランダ語はもちろん、英語、ドイツ語、フランス語(スペイン語だったかな?)を習うんだって。
だから数ヶ国語くらい読み書きできるのが当たり前で、オランダにマンガ屋さんがないからドイツに買いに行ってドイツ語で読んだりしてるって言ってた。
私個人としては、スペイン語を学ぶことそのものは賛成です。但し高校くらいからで充分。
綴りや発音だけで言えば、複雑な英語よりスペイン語の方が覚えやすいでしょうが(但し私は巻き舌が苦手)、男性名詞・女性名詞の考え方は戸惑いそう。
それより、オランダ語(低地ドイツ語)基点で英語とドイツ語(共にオランダ語とは親戚関係)、そしてラテン系言語を考えられるオランダと、英語と全く縁戚関係の無い日本語を母国語とする日本を同列に置くのは無謀でしょう。

私には、こちらの方々↓の話の方がしっくり来ます。
◆『学校教育を考える』小学校英語必修化を危惧する
思考力をひとつの山に例えてみると,
第2言語以下の習得は,
山の裾野を広げることにはなっても,
山の高さを高めることにはならないということになる。
◆『日々徒然』それでも導入?英会話
肝心なのは”何を”話すかであって”英語で”話す事が重要な訳ではないはず。だって英語だってコミュニケーションツールの1つなんだから。何だか”英語で”話すという事が先行してしまって、”何を”話すという事が忘れられてしまっているような気がしてなりません。
◆『MINO企画ブログ ダメ出し悪魔』目的のない道具
教える側から言うと、「外国語」はまずは「道具」であり、それを前提とした上での「学問」が存在する。
【中略】
「道具」としての英語を習得させる「目的」を社会が示していないのだ。試合もないのにスポーツの技術を磨くだろうか? 発表の場もないのに演奏能力を磨くだろうか? かえって社会人になってから、企業によっては英語の「道具」能力が必要になり、新たに英会話学校に通っているのが実情である。
英語産業だけを太らせる「小学校での英語必修化」など要りません。
ついでに言えば、英語教育そのものを義務教育外、高校からにしてもOKだと個人的には思います。

中学校ではポルトガル語を学べば、スペイン語にも応用が利きますし、日本の歴史上“南蛮人”との出会いは重要でしたから、歴史的経緯の点でも良いかもしれません(笑)
はい、戯れ言でした。
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by Hi-Zettaisha | 2006-04-18 01:20 | 教育・社会・科学