世の中のいろいろなことに対して、少しばかり主張してみます。


by Hi-Zettaisha
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カテゴリ:歴史・伝統・文化( 7 )

一昨日、3月10日は61年前、「東京大空襲」があった日です。
昭和20年3月10日未明、米軍のB-29戦略爆撃機344機の大編隊が「帝都」東京を襲いました。
それまでの「戦略目標を狙った、高高度からの昼間爆撃」ではなく、「都市を効率的に焼き払うための、低高度からの夜間爆撃」でした。
焼夷弾のみを大量に投下したこの爆撃で、現在の江東区・墨田区・台東区にまたがる広い範囲が灰塵に帰し、10万人を超える人々の命が失われました。
これを皮切りに、日本全国の都市が次々と焼き払われていくこととなります。

第一次世界大戦(欧州大戦)で、フランス軍の飛行機がツェッペリン飛行船の格納庫に爆弾を投下して以来、航空機からの爆撃は数限りなく行われてきました。
戦場で、味方地上部隊の行動を支援するために、敵軍の陣地等を爆撃するのが「戦術爆撃」。
それに対して、
  • 敵国国民の士気の低下を狙い、都市に爆弾を落として恐怖を与え威嚇する
  • 敵国政府の戦争を続ける意志を挫くため、首都(政府所在地)を攻撃する
  • 敵国の戦争遂行能力を奪うため、鉄道等のインフラ(基幹施設)、軍事施設や兵器工場等を破壊する
これらは「戦略爆撃」と呼ばれます。
物理的効果と共に、心理的効果を狙った攻撃方法です。
ピカソが『ゲルニカ』で描いた爆撃、支那事変での日本海軍の重慶爆撃、ドイツ空軍の総力を挙げたロンドン空襲はこの「戦略爆撃」に該当します。

しかし「東京大空襲」は、前月に行われた英米軍のドレスデン(ドイツが無防備都市を宣言していた、ドイツ東部の都市)夜間爆撃と同様、「都市を消滅させ、敵国国民を抹殺する」ことを目的とした完全な無差別都市爆撃であり、「恐怖を与え威嚇」のレベルをはるかに超えたものでした。
近代国民国家の要素である「主権・領土・国民」の一つ「国民」を失わせることで、国家そのものを存亡の危機に追い込み、屈伏させることを狙ったのです。
カーチス・エマーソン・ルメイ陸軍少将が第21爆撃軍団に実行させたこの作戦は、「空襲」の概念を一変させました。
日本人の思い浮かべる「空襲」は、今でもこの「東京大空襲」のイメージ、絨毯爆撃のイメージでしょう。

その「東京大空襲」について、多くのブログが話題として取り上げていました。
実際に経験した方の体験談、家族や親戚、付き合いのある方から伺った話、アメリカへの敵意を語ったもの、「反戦平和」を主張するためのテキスト…。
いろいろな文を読むことができ、有益でした。これもブログのいいところでしょう。

ただ、不思議に思ったことが一つ。
小林よしのり氏が『戦争論』で描いたように、アメリカの人種差別意識が露呈した非人道的な戦争犯罪だ、と告発する文はあります。
悲惨な体験だった、だから戦争はいけません、と「反戦」に誘導するものは多いです。ここのように。
しかし、「なぜ東京府民を爆撃から守れなかったのか」を問うたエントリーはほとんど、いや読んだ限りでは全くありませんでした。
国家の責務の一つが、国民の生命・財産を守ることです。
その責務が果たせなかったのはなぜなのか、非常に重大な問題のはずなのですが、誰も触れないのはなぜでしょう?。
ちょっと考えただけでも、シェルターを準備すべきだったとか、強固なレーダー網を構築すべきだったとか、思い付きそうなものです。
日本は、果たして「国民を守れなかったこと」を反省したのでしょうか?

「軍隊は国民を守らない」「憲法9条を守れば平和だ」「日本の平和は軍事力以外で守る」、そう仰る方は多いですね。
では、戦争さえ無ければ、日本に軍隊が無ければ、「帝都」東京は空襲を回避できたのでしょうか?
私は、そうは思いません。
軍事力の行使は、あくまでも相手国の都合によります。
日米が戦争状態でなくても、アメリカが自国の利益のために日本に空襲を行う可能性は、“フライングタイガース”の例を見ても判るように間違いなくありました。
そう考えれば、東京大空襲の教訓は「反戦平和」だけではないはずです。

日本の迎撃機が上昇できない高度を飛行できるB-29“スーパーフォートレス”爆撃機は、ある意味で「絶対兵器」に近い存在でした。
現代の日本で「絶対兵器」として脅威となっているもの、それは弾道ミサイルです。
日本が相手国を攻撃しなくても、相手国が弾道ミサイルを撃ち込む可能性はあります。
弾道ミサイルを撃ち落とすことは技術的に無理かもしれません。
だからと言って「撃ち落とす研究をすることは無駄だ。やめろ」というのは、国家は国民を守る必要が無いと言っているのに等しいのではないでしょうか。

“平和主義者”の皆さんが仰る通り、日本国憲法第9条を完全実施して日本が無防備になったらどうなるでしょう?
どこかの国が何らかの意図で日本を空襲しようとしたら、それを防ぐ術は何もありません。
「反戦」を唱えても、住民を守ることはできないのです。
住民を守るためには、そのための手段が必要です。
それが軍事力です。決して「反戦平和」を唱えることではありません。

3月10日の諸エントリーを読んで、感じたことでした。

【3月14日 追記】
今日もテクノラティで「東京大空襲」を検索してみました。
私のエントリーにそのまま答えているようなブログ↓を見つけたので、備忘録も兼ねてご紹介。
◆『泥舟海軍 出雲鎮守府』の3月11日のエントリー
こういう考え方もありますね。
その他はやはり、「非戦の誓い」とか「日本もアジアに酷いことをした」とか「日本の戦争指導者の責任」とか。
その中で、少しばかり毛色の異なっているのがここ↓
◆『母親で良かった!★母親だからできたこと。』の3月11日のエントリー
「テロもそうだけど、じっさいに子供の命の危険を感じたとき、冷静な判断で子供を守りきれるんだろうか?」
“反戦”という理想を追う言葉を並べるより、はるかに真剣な態度ではないでしょうか。
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by Hi-Zettaisha | 2006-03-12 23:41 | 歴史・伝統・文化
3月1日のエントリーに「国旗・国歌」のことを書きました。
もう終わったところもありますし、まだこれからのところもありますが、今年の学校の卒業式はどうだったのでしょうか。
国旗を掲げ国歌を歌ったところ、国歌は演奏されたものの誰も歌わず着席したままだったところ、国旗も無く国歌も演奏されなかったところと、今年もいろいろあったのでしょうか。
今のところ、特にニュースにもなっていないようですが。

それにしても、国旗・国歌(それに元号も)に反対する団体のホームページは結構ありますね。
少し検索しただけでも
日の丸・君が代に対抗するネットワーク(反ひのきみネット)
「日の丸・君が代」に反対する関西ネットワーク
「日の丸・君が代」強制反対予防訴訟をすすめる会
国立市の教育
ブログ版 東京都・国立市の教育(上記「国立市の教育」のブログ版)
これだけありました。
内容の紹介は、頭が痛くなるのでしません。各自で読んでみて下さい。

彼らは一様に「日の丸・君が代の強制反対!」と唱えています。
しかし彼らが支持する教職員組合がやってきたことは、生徒への「日の丸・君が代への反対」の強制ではなかったのでしょうか?

明治以来、「日の丸(日章旗)」は国旗として、「君が代」は国歌として扱われてきました。
特に法的裏付けのない慣習として、つまり慣習法として国旗・国歌とされてきたのです。
しかし敗戦後、「日の丸・君が代は軍国主義の象徴だ!」と国旗・国歌を敵視し、学校で「掲げさせない・歌わせない」としてきたのが教職員組合。
その根拠がいかに不明でも、教室での「先生」は絶対権力者です。
教職員組合の力が校長先生や教育委員会を凌駕してしまえば、学校内を完全に支配できます。
彼らが支配する学校では、国旗を掲げたり国歌を歌ったりすることが禁止され、それは児童・生徒にも強要されました。
祝日に国旗を掲げる家の子も、教室で国旗を振ることは許されなかったのです。
国歌は音楽の授業から削除され、自分の国の国歌を知らない子供が大勢育つことになりました。

そんな現状に危機感を持った文部省(当時)が、教育現場で「日の丸」と「君が代」を国旗・国歌として扱うよう、指導を始めました。
自分たちの権力を侵害されたと感じた教職員組合は、当然反発します。
教職員組合の論理は「法律で決まっていないもの(国旗・国歌)を、強制することは許さない」でした。

教職員組合が支配していた広島県の世羅高校では、文部省の通達と、組合員からの吊るし上げ(言葉の暴力や陰湿な嫌がらせ)の板挟みになった校長が、自ら命を絶ちました。
平成11年のことです。
教職員組合の論理に対抗するため、「法律で国旗・国歌と決めれば、問題は無くなるはず」と同年成立したのが「国旗及び国歌に関する法律」です。
※内容は「RONの六法全書 on LINE」の該当ページを参照して下さい。

私は当時のことを良く覚えています。ウィキペディアに書いていないことも。
当時、社共両党が「軍国主義に繋がるから反対」と言っていた程の法案でしたが、法律となったその内容は実にそっけないもの。
今まで慣習で決まっていたことを成文化しただけで、反対運動の論理とのギャップが凄いです。

法律で決まったから万事解決かと思いきや、教職員組合はへこたれません。
今度は教師の「内心の自由」を出してきて、反対します。
結局、国旗・国歌を法制化しても、何も変わらなかったのです。
当時の大騒動を知っている私から見れば、「何のための大騒動だったんだ」となります。

「内心の自由」。
あちらこちらのブログを読んでみると、この言葉にころっと騙されて「組合の言うことにも一理あるな」と思う人が意外に多いですね。
しかし、こうした今までの経緯を考えてみれば、それが只の口実に過ぎないと判ります。
「国家権力の強制」を批判する教職員組合が、実際は教室での絶対権力者であり、その権力を使って児童・生徒の「国旗・国歌を知り、国旗を掲げ、国歌を歌う」権利を奪っているという現状。
そしてその権力を失いたくないからこそ、激しい反対運動を行っているという現状。
その現状を知れば、「組合の言うことにも一理あるな」と思うことはないはずです。

そして、その現状は打破できます。
東京都国立市と言えば、「西の広島、東の国立」とまで言われる左翼(オルタナティブ)勢力の一大拠点ですが、その国立市の国立第2小学校、あの「校長土下座事件」があったまさにその学校で、国旗が掲揚され、国歌が歌われたのです。
その辺りの話が、国際派日本人養成講座 JOG(433)で紹介されています。
しぶとく抵抗する「国旗・国歌」反対派の教師に、「PTA」の面を被って圧力をかける活動家。
そして暴かれる、「子供を守る」と言いながら子供を守らない、彼らの偽善。
読み終わって、私は希望を感じました。
私も人の親ですが、子供を学校任せにせず、絶えず監視の目を向けようと思っています。

【追記】
「内心の自由」について、的確な指摘をされているブログ↓を見つけたのでご紹介。
◆「戯言と音楽(ココログ避難編)」の2月23日のエントリー
全くもって、ごもっとも。
反対派のリンク先に出した「予防訴訟」については、こちらのブログ↓が解説されています。
◆「言うだけならなんとでも。」の2月10日のエントリー
公務員は「公(おおやけ)に奉仕」する存在のはずなんですが。
溜め息が出てしまいます…。

【3月12日 追記】
「特にニュースにもなっていないようですが」と書きましたが、ニュースになったようです。
mumur さんのブログの3月9日のエントリーにあります。
学校側の過剰反応でしょうか。
関連して、こちらのブログのエントリー非常に参考になります。
その理由は、読めば判るでしょう。
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by Hi-Zettaisha | 2006-03-09 00:27 | 歴史・伝統・文化
エキサイトのニュースにありました。共同通信社の配信記事(2月23日)です。
「強制やめて」保護者訴え 卒業式の日の丸君が代
 卒業式シーズンを前に、東京都立高31校に通う生徒の保護者らが23日、東京都教育委員会に「日の丸・君が代を強制せず、内心の自由を保障した式にしてほしい」とする要請書を提出した。
 都教委の担当者は「学習指導要領に基づき国旗国歌の意義を理解させる必要がある」などと説明。同席した都立高3年の女子生徒(18)は「何も説明なしに、君が代を歌うことを強制されても理解にはつながらない」と訴えた。
 3年の娘が都立高に通う女性(51)は要請後の記者会見で「娘は君が代を歌いたくないが、大好きな担任がそのことで処分されないかと心配している」と話した。
何か昨年も、この記事を読んだ気がします。デジャブ(既視感)?

この時期になると、必ず問題化するこの話。
教師たちが「内心の自由の侵害だ!」と叫んでも効果が無いせいか、生徒や保護者という“援軍”を用意してきましたね。
果たして、その“援軍”は有効でしょうか?

51歳女性の「娘は君が代を歌いたくないが」。
その理由を是非、娘さんご本人から伺ってみたいものです。何と仰るのでしょうか?
「日の丸は、軍国主義の象徴だから」。
どうしてそう思うんですか?
先生から、そう習ったから」。
これでは、意味が無いですね。
「処分されないかと心配している」その先生の言うことが絶対に正しいという前提ですが、その先生の言うことがそもそも間違っていますから(笑)

高3女子「何も説明なしに、君が代を歌うことを強制されても理解にはつながらない」。
つまりそれは、「国旗国歌の意義」を先生が教えていないと言うことですね。
「学習指導要領に従っていない」教師は、単に職務怠慢なだけです。はい処分対象に決定(笑)

そもそも、国旗・国歌とは何でしょう?

フランス革命で成立した「フランス共和国」が最初ですが、現在の国際社会で主流になっているのが「近代国民国家」。
結婚の持参金として持っていける「王様の持ち物の領土と人民」でも、税を払って便宜を受けるだけの「皇帝の威光の届く範囲」でもなく、明確な国家主権と領土と国民としての意識を備えた国家、それが「近代国民国家」です。
その「国家」という概念を人の五感で認識する際には、何がしかの印が要ります。
その印として、目で見て認識するためのものが「国旗」、耳で聞いて認識するためのものが「国歌」です。
「国旗」と「国歌」は「国家」を象徴するものとして、「近代国民国家」間の儀礼で使われるようになりました。
もちろん、A国がB国の象徴として「C」という歌を認識していても、B国の国民が「C」を自分の国の歌と認識していなければ、A国がB国に「C」を演奏して敬意を表しても、B国の国民は敬意を表されているとは判りません。
ふとした誤解から、B国の国民がA国に敵意を持ち、国際問題となる可能性もあります。
ですから、B国の国民は自分の国の歌が「C」であることを知らなければなりません。
もちろん、その由来も。
それが国民に国旗・国家を教えることの重要性です。

日本は、明治維新によって「近代国民国家」の仲間入りをしました。
その際、国際儀礼で使うための、日本という国を象徴する国旗と国歌が必要となりました。
その時に国旗としたのが「日の丸(日章旗)」、国歌としたのが「君が代」です。
それ以来、「日の丸」と「君が代」は「日本」という国を象徴する旗・歌として、国際的に認知されています。
つまり、「日の丸」が日本の国旗、「君が代」が日本の国歌というのは、日本国内を含めて「国際的な決まり事」なのです。
日本人が訪問した外国で日の丸が振られるのは、日本人に対する友好を表すものですし、日の丸を踏んだり裂いたり燃やしたりするのは、日本と日本人に対する不満や敵意や侮蔑感情の表れです。
その「決まり事」を守るのは、当然のことでしょう。

「日の丸」と「君が代」は“軍国主義の象徴”、という“反戦平和主義者”の皆さんがいます。
「日の丸」が国旗扱いされるようになったのは明治3年(太政官布告)、「君が代」が国歌とされたのは明治2年に大山巌によってと言われています。
「日の丸」はフランス(一節ではイギリス)が、そのデザインを500万円で買いたいと当時の明治新政府に申し出たり、「君が代」は明治36年に行われた「世界国歌コンクール」で一等を取ったりと、欧米のセンスとは一味違う優れたものと評価されてきました。
その国旗・国歌が“軍国主義の象徴”?
明治新政府が生まれたその時既に、日本は“軍国主義”だったのでしょうか?
そんなことはありません。
日本が近代国民国家の仲間入りをしてから現在まで、「日の丸」は日本の国旗として、「君が代」は日本の国歌として、“軍国主義”の時代含めてあり続けてきました。
ナチ党の旗を国旗としたナチスドイツとは異なり、「日の丸」も「君が代」も特定の時代のものではないのです。
一時期だけ“軍国主義国家・日本”を象徴していたからといって、代案も無しに「日の丸」「君が代」に反対する根拠とは、いったい何でしょうか?
“反戦平和主義者”の皆さんに、情緒的でなく理論的に、その理由を聞いてみたいものです。

【3月5日追記】
非公開のままにして忘れていたので、今頃ですが公開します。
ああ、ますます鮮度が落ちてしまった(苦笑)

【3月6日追記】
この問題に、スポーツに携わる立場から意見を出されている方↓がいらっしゃいますので、リンクします。
◆「Whatever tomorrow brings(裏)」の2月24日のエントリー
またこのニュースについて、“保護者”から出された要望書等の内容が、ブログ「特定アジアニュース」の2月24日のエントリーで紹介されています。
彼らは、こういうことを言っているんですね。
その中の一つ「◆Y校長への手紙◆」の中に、次の一節が出てきます。
昨年から言い続けているように卒業式には参加者全員に「日の丸、君が代」 を強制することがないようにしてほしいと願っています。天皇も発言しているとおり「国旗、国家」は強制するものではないと思います。
天皇陛下のお言葉を利用して自分を正当化しようとしていますが、天皇陛下を敬う言葉遣いをしていない時点で「利用できるものは何でも使う」という姿勢が見えてきて、実に嫌な感じです。
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by Hi-Zettaisha | 2006-03-01 22:07 | 歴史・伝統・文化
先のエントリーの続きですが、若干話は変わって。
尾張地方在住の私は、どうしても「御嶽」を「おんたけ」と読んでしまいます。
もちろん信仰の山、木曽の御嶽山のことです。
でも沖縄の「御嶽」は「うたき」とか。
沖縄に見られる「お」→「う」、「け」→「き」の音韻変化ですね。

もう一つ。
このニュースを伝えた「沖縄タイムス」の1月31日の記事も、「琉球新報」の2月19日の記事も、現場を「フボー御嶽」と伝えており、上記記事を引用したブログでもそうなっています。
しかし、久高島の公式ホームページの地図では「クボー御嶽」となっており、ブログ「レキオンという奇病」の2月14日のエントリー(写真付き)でもそうなっています。
※写真の「御嶽」には「うぶうがみ」と読み方が書いてあります。

記事を読む限り、二つは同じ場所を指しているように思えるのですが、地元のブロガーや新聞記者が間違えるとも思えません。
実際は、別の場所なんでしょうか?
誰か詳しい人、教えて下さい。
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by Hi-Zettaisha | 2006-02-21 20:59 | 歴史・伝統・文化

伝統と「正義」

今日のテクノラティを開けてみると、正午時点での「今、最も検索されている話題」がこうなっていました。
1.永田 ←「堀江メール事件」の民主党衆議院議員・永田寿康氏(折り紙で有名)
2.W-ZERO3
3.カーリング ←トリノ・オリンピック
4.功名が辻 ←NHK大河ドラマ
5.今井メロ ←トリノ・オリンピック
6.ウェブ進化論
7.久高島 npo
8.ジャーナリスト宣言 ←朝日新聞のCM
9.スキージャンプ・ペア ←笑えるDVD/映画(これもトリノ・オリンピックの絡み?)
10.Golden Eggs

他は置いておいて、七番目の「久高島npo」って何でしょう?
久高島(くだかじま)は、確か沖縄県の島。
「npo」はNPO(非営利団体)のこと?
全国紙では、特にニュースになっていなかったような…。

検索してみると、どうやら昨年12月、「神の島」久高島の聖地「クボー御嶽」の神木が、沖縄本島のNPOの“清掃作業”で伐採されたらしい。
神木を勝手に切るとは、とんでもないこと!
しかもここは男子禁制で、それも破られた可能性が高い。
あの大峰山の事件、地元の人が反対する中で「問題提起のため」と言って女人禁制を破った、あの事件を連想しました。
あの事件の首謀者は「霊山でセックスしても良いですか?」とふざけた質問状を送りつけており、間違いなく確信犯ですが、今回のNPOは「誤って神木を切った」と言っている様子。
しかし同じような前科があるそうで、「誤って」は只の言い訳、確信犯の行動の可能性があります。
そのNPOの実名は、ブログ「ManabitCH」の2月7日のエントリーで明らかにされています。
「御嶽信仰の道を重んじ」る団体が、信仰の土台となる伝統を軽んじるのも妙な話です。

「男女平等」という正義、「聖なる場所を清掃する」という正義。
その「正義」の前には、長く守り続けられてきた伝統は取るに足らないものなんでしょうか?
皇室制度もそうですが、いかに不合理であろうとも守り続けられてきた、そのことそのものに価値があるのが「伝統」というものです。
近代合理主義が全てに優先する、そんな世の中は御免です。

※私と同じように感じられた方↓もいらっしゃるようです。
「今宵のヲカズ」の2月21日のエントリー
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by Hi-Zettaisha | 2006-02-21 20:58 | 歴史・伝統・文化
あの戦争を「大東亜戦争」と呼ぶ根拠、これを書きます。
戦争開始後、日本政府が「この戦争を“大東亜戦争”と命名する」と公式に宣言したからです。
戦争当時の日本国民(従軍した人もそうでない人も)や、日本軍に占領された地域の人々にとって、戦争の名前は「大東亜戦争」でした。
交戦相手国の人々も、「日本政府が“大東亜戦争”と呼ぶ戦争」を戦っているという認識は持っていました。
国の立場に応じた呼び名はそれぞれありますが、戦争当事国の日本から見た戦争は「大東亜戦争」なのです。
以上です。

これでは、説明が簡単に過ぎますかね?
それでは補足しましょう。
そもそも、どうして「大東亜戦争」と呼んではいけないんでしょうか?

「GHQに禁止された」から?
それでは、日本人から見た合理的な理由にはなりません。

戦争を「力と力のぶつかり合い」と捉えるヨーロッパと違い、アメリカは戦争に「善と悪」という考え方を持ち込みます。
もちろんアメリカが常に善であり、敵は常に悪なのです。
そして「自分の側に正当性がある」と思い込む(ある種の「宗教的な使命感」を持つ)には、敵国に大義があっては都合が悪くなります。
GHQは「日本の戦争に“大東亜共栄圏”という(例え名目だけだったとしても)大義があった」と認めたくなかったから、それを想起させる「大東亜戦争」という用語を禁じたのでしょう。

それとも、左翼活動家の皆さんが言うように「“大東亜共栄圏”の正当化につながる」から?

先に述べたように、実際の動機や目的はどうあれ、日本政府は戦争目的として「大東亜共栄圏」を掲げました。
わざわざ「大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして戦争地域を主として大東亜のみに限定する意味にあらず」とまで言っています。
戦争目的の是非はともかく、「大東亜」という言葉には戦争目的が込められていました。
戦争の特徴を如実に示す点で、「大東亜戦争」は最適な言葉ではないでしょうか。

一方の「太平洋戦争」はどうでしょう?
現在でも新聞・テレビ等の“公式な空間”では「太平洋戦争」と呼ばれていますが、これは間違いなく「アメリカの視点」から見た言葉です。
「朝鮮戦争」「ベトナム戦争」「イラク戦争」と同じです。
これらの言葉に「相手側の視点」はありません。あくまでも「アメリカの視点」です。
イラクのサダム元大統領から見れば、イラク戦争は「祖国防衛戦争」でしょう。
ベトナム戦争にしても、南ベトナムから見たら「南北戦争」、北ベトナムから見たら「祖国統一戦争」ですし。

日米両軍が戦った主戦場は太平洋戦域。これは間違いありません。
しかし日本が相手にしていたのは、アメリカだけではありません。
イギリスとはマダガスカルからセイロン、オーストラリアに至るインド洋で戦っています。
それまで宣戦布告無しにずるずる続いていた日華間の戦争(事変)も、蒋介石の中華民国政府が宣戦布告したことで正式に国際法上の「戦争」となり、日本と米英華蘭(ABCD包囲網、ですね)の戦争となりました。
何より、中国大陸からインドシナ半島の国々は、太平洋に面していません。
対英華蘭の戦いを、「太平洋戦争」ではイメージできないのです。

「独立戦争」にせよ「解放戦争」にせよ、戦争の名前に戦争目的を表す言葉が使われるのは自然なことです。
それは必ずしも、「戦争目的を是認する」ということにはつながりません。
「“大東亜共栄圏”の思想を認めない」からと言って、「“大東亜戦争”という言葉を使うことは悪だ」とはならないのです。
それはただの言葉狩りであり、唾棄すべき行為なのですから。

おまけです。
インフォシークのテキスト翻訳を使ってみました。
【和】「大東亜戦争」→【英】“Greater East Asia War”→【和】「より大きな東アジア(の)戦争」
【和】「太平洋戦争」→【英】“Pacific War”→【和】「太平洋戦争」
「東アジアを中心にして、範囲を広げた戦争」で、いいのではないでしょうか。
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by Hi-Zettaisha | 2006-02-18 17:15 | 歴史・伝統・文化
昭和16年12月8日に始まり、昭和20年8月15日に終わった(とされる)、現在のところ日本という国が国家レベルで参戦した最後の戦争となっている、あの戦争。
三国同盟でドイツ・イタリアと組んだものの、実質的には日本一国で、当時の世界の大半を敵に回して戦った、考えてみれば最初から勝ち目の無さそうな、あの戦争。
皆さんは、どのように呼んでいるでしょうか?

昭和30年代生まれの私は、学校で「太平洋戦争」と習いました。
「大東亜戦争」とも呼ぶと後で知りましたが、当時は「右翼が使う、正しくない呼び方」としか思っていませんでした。
標準的な“戦後教育での戦争の教え方”を学校から新聞から、受けていたわけです。

私は小学校の頃から、プラモデル(プラモ)を作っていました。
「マジンガーZ」や「ウルトラホーク1号」、「サンダーバード2号」も作りましたが、だんだん戦車と飛行機のプラモを主に作るようになりました。
そうするとプラモの実車解説や、戦車の本とかを読んで知識が付いてきます。
戦車という「兵器」の知識と共に、戦闘という「兵器の使われ方」の知識や、作戦という「軍隊の動かし方」、そして戦争という「国の動き」の知識も。

中学校で使っていた教科書で「日華事変」だった戦争が、高校の教科書では「日中戦争」になっていました。
同じく高校の教科書で、キリスト教や社会主義についての記述が妙に詳しいのが、副読本(年表)との比較で気になりました。
年表の方では、第二次世界大戦後のソ連の領土拡張を明示していましたが、教科書にはありませんでした。
ポーランドという国全体が西に大きくずれるほどの、領土拡張がです。
別の副読本では、「日本軍の残虐行為」も強調されていました。
一方で、戦記等に載っていた「日本人に対する連合国側の残虐行為」は、その副読本には全く載っていませんでした。
「リーダーズダイジェスト」日本版でクメール・ルージュの大虐殺を知って共産主義の現実を知り、国会での政治家の軍事音痴ぶり(中学生でも知っている軍事常識を知らない)を新聞で知り、そしてそれを問題視しない新聞を妙だと感じました。

やがて「太平洋戦争」が、戦後にアメリカ(GHQ)が押し付けた呼び名だと知ります。
本家「太平洋戦争」が、明治12年にチリとペルー・ボリビア連合軍が戦ってチリが勝ち、ボリビアが内陸国になった戦争であることも。

そして小林よしのり氏の「戦争論」シリーズを読んだり、インターネットを使うようになって自分で情報を集めたりするようになって、「あの戦争は“大東亜戦争”と呼ぶのが正確だ」と考えるに至りました。
なので今は「大東亜戦争」という、一昔前まで「悪」だった言葉を使っています。
次回は、その根拠を書いてみようと思います。
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by Hi-Zettaisha | 2006-02-17 11:05 | 歴史・伝統・文化